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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13132号 判決 1992年1月22日

原告

渡辺憲三

右訴訟代理人弁護士

佐藤恭一

米丸和實

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

田淵義久

右訴訟代理人弁護士

小野道久

主文

被告は原告に対し、別紙有価証券目録記載の各株券等と同種、同数の株券等を引き渡せ。

右引渡の強制執行が不能のときは、被告は原告に対し、当該株券等につき、別紙市場価格目録記載の市場価格による金員及びこれに対する平成三年一二月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し、金四〇三万四一〇七円及びこれに対する平成二年一〇月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。

第二事案の概要

一当事者の主張の要旨

本件は、原告が被告に対し委託した別紙有価証券目録記載の株券等(以下「本件株券等」という。)及び現金四〇三万四一〇七円(以下「本件現金」という。)について、委託契約を解除し、本件株券等と同種、同数の株券等の引渡、それが不可能な場合には、本件口頭弁論終結日における市場価格による賠償及びこれに対するその翌日から支払済みまでの遅延損害金並びに本件現金及びこれに対する委託契約解除の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を求めた事案である。

これに対し、被告は、原告が被告に帝国通信工業株式会社(以下「帝通工」という。)の株券二万株につき信用取引による買付を依頼し、本件株券等のうち株式会社丹青社(以下「丹青社」という。)の株券三〇〇〇株を保証金代用証券として、本件現金の内金三三四万円を信用取引保証金として差し入れたが、その後原告は追加保証金を差し入れなかったので、被告は帝通工の株券二万株、本件株券等のうちティエチケー株式会社(以下「THK」という。)の株券一〇〇〇株、丹青社の株券二〇〇〇株を売却してこれに充当したと主張している。

二争いのない事実

1  被告会社は有価証券の売買及び有価証券市場における売買取引委託の媒介、取次、代理等を営む会社である。

2  原告は平成二年一一月ころから被告会社の松戸支店(以下「被告」という。)で株式の売買の取引を開始し、その購入した株式等や現金の一時保管を委託してきた。

3  原告は、平成二年八月二七日、被告に対し、本件現金の送金及び丹青社の株券一〇〇〇株の名義書換依頼をする旨の書面を送付し、右書面は同月二八日被告に到達した。

しかし、被告は、原告が被告に、同月三一日、帝通工の株券二万株を信用取引により買付することを依頼し、被告はこれを購入したので、その保証として預かる必要があるとしてこれに応じなかった。

4  被告は原告に対し、同年九月四日、右信用取引に関する取引報告書、同月五日、右信用取引のための保証金及び保証金代用証券の差入に関する「清算のお願い」と題する書面を送付した。

5  原告は被告に対し、同年一〇月五日到達の内容証明郵便により、本件株券等及び現金の寄託契約を解除し、同日、被告が保管しているこれらの株券等及び現金を返還するよう請求した。

被告は同日、本件株券等及び本件現金四〇三万四一〇七円を保管していた。

三争点

原告は被告に対し、平成二年八月三一日、帝通工の二万株の株券を信用取引により買付することを依頼したか。

第三争点についての判断

一証拠(<書証番号略>、証人賀来雄司、原告)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、平成元年一月ころから被告以外の証券会社で株式の売買を始めたが、原告は平成元年一一月ころからは被告と取引を開始するようになり、平成二年八月二日には、株式の売買に関する情報を提供してもらっていた被告の担当者賀来雄司(以下「賀来」という。)に頼まれて信用取引の口座を開設した。

原告は従来から、現金取引や証券金融会社からの借入による取引を行っており、信用取引の危険性については十分認識し、信用取引口座を開設したものの、これを利用するつもりはなかった。

2  原告は、平成二年七月ころ、日本証券金融株式会社(以下「日本証券金融」という。)から融資を受けてTHKの株券を購入したが、追加担保として三〇〇万円余りの現金を差し入れるよう請求されたため、被告が一時保管中の本件現金をこれに充てようとして、被告に対し、同年八月二三日に被告の所定の用紙を使って送金を依頼し、更に同日、丹青社の株式一〇〇〇株について原告に名義を書き換えるよう依頼し、右書面は同月二八日、被告に到達した。

しかし、被告はその手続きをせず、そのまま放置していた。

3  被告は同月三〇日ころ、帝通工の株券五万株を買入れ、これを市場に出すと同時に、被告の顧客に買ってもらおうとしていた。

同月三〇日午後九時ころ、賀来は原告に、電話で、「いい話がある。明日の朝、連絡が取れるようにしてほしい。帝通工の株が五万株あり、三万株は他の客に引き取って貰った。」と話し、すぐ電話を切った。

翌三一日午前八時半ころ、賀来は原告に電話し、「帝通工の株を昨日の終値より一〇円安く一六七〇円でお分けできた。」とだけ述べ、株数についての報告もなく、電話を切り、同日午後一時ころ、「今、一〇〇万円くらい儲かっています。」と更に電話した。

原告としては、これまで賀来に勧められて買った株式の株価が下がっているので、賀来が何か原告に利益になるようなことをしていると感じたが、具体的に、帝通工の株価がどんな値動きをしているか、賀来が原告のため帝通工の株式を買ったらしいが、いくら買ったのか、これをどうするのか不明であり、まして信用取引をしていることは知らず、大会社の従業員である賀来が、勝手に原告に危険を負担させるようなことはしないであろうと考え、直ちに賀来に確かめるようなことはしなかった。

4  賀来は、原告が信用取引により、帝通工の株式二万株を買い付けたものとして処理し、被告は、同年九月四日、原告に右取引報告書を送付し、翌日、右信用取引のため、保管中の本件株券等のうち丹青社の株券三〇〇〇株、本件現金のうち三四三万円を保証として預かったので、株券の預り証を引き渡すよう求めた「清算のお願い」と題する書面を送付した。

5  これにより、信用取引で帝通工の株式二万株を買ったことになっていることを知った原告は、同月六日、被告の店に行き、賀来に対し、右事実を否定し、本件現金全部を返還するよう求めたが、賀来は原告が右信用取引をしたとしてこれを拒否した。

その後、原告は賀来に対し抗議し、「上司を連れてきて、なぜこうなったか説明せよ。」と要求したため、賀来は同月一三日、上司の佐藤課長代理と共に原告方を訪れ、更に、同月一八日、上司の中井課長と共に原告方を訪れた。原告の抗議に対し、同課長は、「この件は、担当者でなく、我々が対応する。」と述べた。

以上の事実が認められる。

右事実によれば、原告は賀来に対し、帝通工の株式二万株を信用取引により買い付ける旨の依頼をしていないにもかかわらず、賀来は原告名義で右買い付けをしたことが明らかである。

二これに対し、賀来は、「平成二年八月三一日、午前八時半ころ、原告は賀来の勧めに応じ、帝通工の株式二万株を信用取引で買い付ける承諾をし、「株価が一七六〇円になったら売って欲しい。」と言ったし、九月三日にも、同じ指値で売って欲しいと述べた。」旨供述する。

しかしながら、右供述は以下の理由により信用できない。

1  原告は信用取引の危険性を認識しており、それまで信用取引を行ったことはなかったから、もし、同人が本件信用取引を承諾したとすれば、その取引額が三三四〇万円にもなることからみて、帝通工の株式の値上がりの確実性や信用取引のための保証を具体的にどうするのかを賀来に説明を求め、あるいは賀来の方から説明したはずであるが、その形跡はない。

2  原告は、日本証券金融から追加担保を求められ、被告に一時保管して貰っていた本件現金をこれに充てようとして、被告にその返還を求めていたのであるから、もし、これを信用取引の保証として利用するとした場合には、日本証券金融に現金を提供できなくなる。原告が他から金を工面しようとした事実はない。

3  本件信用取引後である九月六日、原告は被告の店に行き、本件現金の返還を請求している。

4  賀来及びその上司は、原告の要求に応じ、二回にわたり、原告方を訪れ、原告から事情を聞いている。

賀来は、「原告は、本件帝通工の株式の取引が、被告の買い付けたものを市場に売りに出し、直ちに顧客の依頼で買い付けるといういわゆるクロスの方法でなされたことを理解できなかったので、これを説明するために訪れただけである。」と供述するが、単に、帝通工の株式の買付方法が良く理解できないというだけで、原告が賀来の上司を二回にわたって呼びつけることや、上司がこれに応ずることも不自然である。

三証拠(<書証番号略>)によれば、本件口頭弁論終結直前における本件株券等の価格は別紙市場価格目録のとおりである。

(裁判官谷澤忠弘)

別紙有価証券目録

一 株式会社丹青社 普通株券三〇〇〇株

二 ティエチケー株式会社(THK)普通株券一〇〇〇株

三 ニュージャーマニーファンド一〇〇〇株

別紙市場価格目録

一 株式会社丹青社普通株券

一株三六六〇円(平成三年一一月二八日の終値)

二 ティエチケー株式会社(THK)普通株券

一株七五五〇円(平成三年一一月二九日の終値)

三 ニュージャーマニーファンド

一株1348.231円(平成三年一一月二七日の終値10.375USドル。同日円、一USドル換算レートは129.95円)

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